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My Story9 意識の扉のノック

· My story
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看護師は希望が叶い

脳外科病棟に配属されました

大学病院での脳外科病棟は

救急や手術後の急性期の患者さんから

日常生活の介護が必要な慢性期の患者さんまで

とにかく濃厚で幅広く

1秒刻みのスケジュールで動いていました

大学病院の中で1番きつい病棟と言われている中で

心失うことなく働けたのは 

一緒にがんばれた

頼もしい同期の存在と

先輩方がとにか

プロフェッショナルで

人間的にも尊敬できる先輩ばかりだったからだったと思います

勤務時間も残業は当たり前

それ以外も研究や係などで ほぼ病院にいましたが

新卒であの濃厚な時間を過ごせたことは

看護師生活の中で

わたしの宝物になりました

そんな必死で過ごしている中

ある日 若い男性が 意識不明の重体で救急で運ばれてきました

カルテを見ると

その男性はなんと

中学生の時に夏休みに友人と参加した合宿にいたS君でした

彼は人工呼吸器を装着する状態で

全身管だらけ

意識も最も重篤な状態でした

わたしは 仕事終わり

いつも彼に声をかけに行っていました

それから数ヶ月

彼は命の危機を何度も乗り越え

奇跡的に回復しました

お話ができるようになった彼は

わたしに

「あの時 いつも話しかけてくれてたやろ 全部分かってたよ」

と言うのです

そして

「先生たちが 自分の周りで

『今夜 危ないな』とか言ってるのも全部聞こえて

自分 死ぬかと思って

すっごく怖かった」とも

あの昏睡状態

意識不明の状態だったけど

全部聞こえて 分かっていたことに

とても衝撃を受けました

人はわたしたちが思ってる以上の

表層だけではない 

もっと奥に認識してる

何か壮大な存在なんだ 

すっかりこの感覚を忘れ

表層のわたしになりきっていましたが

子供のころの 

奥のところから

世界を観ていた感覚の扉が

ノックされた感覚になりました

また 他の患者さんで

わたしが学生の実習時代から担当させていただいていた

Oさんというおばあちゃんがいました

わたしが看護師なった時も その方は

その病棟にいらっしゃり

わたしの心の拠り所になっていました

その方は意思の疎通ができない 

ベットで寝たきりの状態でした

その方が

脳の脳室に髄液がたまってきたので

その髄液を腹膜に流す管を入れる

手術を行いました

その手術 後髄液の流れが良くなると

「Oさーん」とわたしが呼ぶと

手を振ってくれるようになりました

表層の表現の機能がままならなかっただけで

Oさんも根底では全て理解していたんだ!と

その時も同じく衝撃を受けました

わたしが赤ちゃんの時に

全て認識していたように

ひとは表層よりも

さらに深い認識する意識があると

そのことを 思い出させてくれました

そして

さらに忘れていたことを思い出す

そんな出会いを

宇宙は準備してくれていました