
幼少期のわたしは
あらゆるものや人を
全てエネルギー 感覚で観ていました
それは今と全く同じ感覚
なぜか
人が本当じゃない事言ってる時も
すぐに分かったし
表現はあまりしなくても
その人の奥にある温かさや
凛と光る何かを感じたり
その逆もあったり
観よう とらえようとしなくても
その人の奥のさらに奥の部分までもが
感覚として入ってくる
それは 大人になるまで
誰もがこの感覚でいるとばかり思っていました
数字もエネルギーでとらえていて
1桁台の計算は
「この子とこの子が合わさったら この感じ」
とその数字の持つエネルギーの感覚で計算していました
空をよく眺めていたし
誰かわかりませんが
目に見えない存在とお話ししたり
雲や風お花とお話ししたり
空間をぼーっと見ていたら
どんどん光のプラナーや精霊の卵?
みたいなものも観えてきて
普段 目には観えないものも
確かに存在することに
そして 全てには意識があることに
何の疑問もありませんでした
幼稚園や小学校に行き出して
みんなで同じものを作る工作や
同じお遊戯を踊ってるのも
不思議だなーと漠然と思っていたし
運動会では
走ったり 玉入れしてるだけで
十分楽しいのに
勝った負けたがあることが
すごく不思議でした
地球では当たり前とされていることを
いろいろ不思議に思っていました
その頃 我が家は
祖父と祖母が
お菓子屋やパンやちょっとした日用品のお店をしていて
『おじいちゃん おばあちゃん
金魚やインコも お家にいていいなー
わたしもお家にいたいなー』
と思っていました
幼少期はすぐに疲れて
よく体を壊し
決して丈夫な方ではありませんでした
それは 今になり 分かったのですが
このわたしという存在は
あらゆるのもを
スポンジのように吸収し
疲れやすい
とても感受性の強い 繊細なデザインをしていること
一見の身体の不調は
このデザインで
地球で生きて行くために
地球の波動に馴染むように
調整されていたようです
そして その調整の一環として
小学生のある日
「仲間たち」と思わぬ形で
遭遇することになるのです